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Between Civil and Academia -Chikuma Shobo’s academic publishing

市民と学問のあいだで ~筑摩書房の学術出版~

導入

 現代を生きる私たちにとって、本を読む意義とはなんだろうか?私たちに置き換えれば、学問の一端に関わるものとしての大学生が本を読む意義とはなんだろうか?

 この問いの重要性は増してきているように思われる。インターネットやテレビなどの様々なメディアがあるのに、なぜ他でもなく本を読むのか。それは書き言葉のメディアに過ぎず、他のものと代替可能なのだろうか?

 言うまでもなく、この巨大な問いの最前線に立ち続けているのは、出版社である。本を刊行する以上、何らかの形でこの問いに応答しなければならない。

 日本でこの問いに応答し続けてきたのは、筑摩書房である。筑摩書房は1940年創業の日本の最も有名な出版社の一つであるが、特筆すべきは、大きな数の売れ行きが見込みにくい

学術系の図書を大規模に展開していることである。レーベルの一つである「ちくま学芸文庫」では古典や高水準の研究書、入門書などを比較的低価格のコンパクトな文庫で提供している。他にも単行本や、「筑摩選書」「ちくま新書」といったレーベルで、一般市民も手に取りやすく、学術的に高水準でもある本を、多く世に送り出してきた。

 今回はそのような事業を展開する筑摩書房のちくま学芸文庫編集長である北村善洋氏に、学術出版の現状とその試みについてインタビューを行い、以下はその内容を再構成したものである。

学術出版の意義

2021年をもって第7回を数える教養文庫のフェア「チチカカコヘ」には、筑摩書房における刊行レーベルの一つである「ちくま学芸文庫」も参加しており、そのパンフレットに北村氏による「ちくま学芸文庫」について以下のような短い紹介がある。

 「ちくま学芸文庫は、人文・社会科学からサイエンスまで、『今読んで新鮮』と思われる作品を刊行してまいりました。現代は、ネットを中心とした厖大な情報に加え、個々人の関心や趣味嗜好も細分化しています。そのなかにあっても、輝きを失わない言葉、刺戟的な思考とは何なのでしょうか」。

 端的に言えば、この問いへの応答が、筑摩書房の学術出版を形作ってきたと言えるだろう。

 筑摩書房では、一般市民とアカデミズムをつなげ、これまで人類が蓄積してきた知的成果を一般読者に伝えること、また、これからの研究や考察の発展には間口の拡大が必要不可欠であり、そうしたことを目的に学術出版を行っている。したがって、浩瀚な研究書というよりは、一般の人々でも、少し背伸びして読めるような古典や入門書を多く刊行している。

 本のジャンルは人文社会科学全般、哲学、歴史、文学、芸術、経済、法学などに力を入れているが、自然科学関連の刊行物も少なくない。

レーベルごとの特徴

幅広いジャンルの本を初等・中等教育終了程度の人々という広く一般の人に向けて刊行している筑摩書房だが、「ちくま新書」「ちくまプリマー新書」「筑摩選書」「ちくま学芸文庫」といったといった複数のレーベルを擁し、そのカラーはレーベルごとに異なる。

 「ちくま新書」では主に、現代社会に根差した問題について、現在勢いのある著者が書下ろすことが多く、新鮮で話題性に富んだものを刊行している。さらに、姉妹レーベルである「ちくまプリマー新書」では、ヤングアダルトをターゲットに、短い分量でより普遍的なテーマを扱う入門的な書籍を刊行している。

 一方、「筑摩選書」は読者がじっくりと思考を深めるために必要な知識の蓄積としての叡智を届けることを目標に、より奥行きの深い総合的な知恵を提供している。 そして、今回取材した「ちくま学芸文庫」では単行本などの形態で一度刊行し好評を得たものを、より多くの人々に比較的安く手に取りやすい形で提供することを主眼に、他社の学術出版とも連携して書籍を刊行している。

在庫について

書籍を商品として販売する企業である以上、経営上の判断から絶版を行うことは避けられない。しかし、学術書には学術研究の成果の証明やその発展を担うという意義があるという理由からなるべく在庫を持ち、読者からの注文にこたえられるように努力している。また、絶版になってしまったとしても、一般読者からの要望などで復刊が行われることもある。また、近年では在庫管理のコストを抑えられ、そのうえより多くの人が気軽に手に取りやすいといったメリットから学術書の電子書籍化も進められている。

読者層を広げる取り組み

読者層を広げることも出版社の重要な仕事の一つである。その取り組みの一環として、先にも紹介したが、「チチカカコヘ」と題して他社との合同フェアを行っている。これはちくま学芸文庫を含む出版社6社の頭文字をとったもので、現在は「教養と生きよう」というテーマのもと第七回目のフェアを催し、多くの人に本を手に取ってもらうための宣伝活動を行っており、SNSなどのメディアを通じて積極的な発信を行ってもいる。

 しかし、出版社による取り組みだけでなく、読者同士が良いと思った本を積極的に薦めあうことも重要であると北村氏は言う。現代ではインターネットの普及も手伝って個人が情報を発信することが容易なため、読者の間でいわゆる“口コミ”が広がりやすくなっている。これを活用して、出版社と読者の両者が積極的な情報発信を行って本を広めることが今後の出版業界にとってますます重要になってくるだろう。

大学生におすすめの本

また今回の取材では、私たち大学生にお勧めの本として、以下の三冊を北村氏に紹介していただいた。

一冊目は『世界システム論講義』。これは近代の世界史を世界システム論という一つの見方の元に俯瞰して記述した歴史書である。大学での講義をもとにした本であるため、比較的読みやすいことが特徴である。広く歴史や経済に関心のある人に読んでもらいたい一冊である。

二冊目は、『アイデンティティが人を殺す』。少し挑発的なタイトルだが、これはレバノン生まれのフランス人であるアミン・マアルーフ氏によって書かれたエッセイであり、グローバル化が進み様々なアイデンティティを持つ人が共生するようになった社会を生きるために必要な観点を与えてくれる。また、役者の小野正嗣氏は芥川賞を受賞した作家であり、訳文の質が非常に高い。

三冊目は、『科学哲学への招待』。これは古代から現代にいたるまでの科学の歴史を書いた科学史の本である。原発事故や環境問題など、私たちを取り巻く様々な問題を考えるうえで読むべき一冊であると北村氏は述べる。

学術書を読む習慣を作るには、一冊を読み切ったという体験が重要であると北村氏は言う。まだ学術書になじみのない方は、これらの本を一冊目として選んでみてはいかがだろうか。

まとめ

さて、インタビューを振り返った上で、最初に提示した問いに戻ってみよう。今私たちにとって、本を読む意義とは何だろうか。学問の一端を担う大学生として、本を読む意義とは何だろうか。

一つの回答例として、「教養を得るため」というのが挙げられるだろう。コロナ禍において、「教養」は一種のブームになりつつあると言える。オンラインセミナーなどが多く開かれ、大学の講義を一般に公開するようにもなった。そのような試みの一つとして、京都大学の人社未来形発信ユニット(Unit of Kyoto Initiatives for the Humanities and Social Science)が行っている「京都大学オンライン公開講義”立ち止まって、考える”」が挙げられる。タイトルにある通り、「立ち止まって、考える」こと、すぐに答えを出すことが難しい課題に立ち向かうとき、先人が積み重ねてきた知的成果の上に、巨人の肩の上に乗って、答えを出すことに焦らずひとまず考えてみるとき、私たちを助けてくれるのが本ではないのか。

もちろんこれは暫定的な回答に過ぎない。しかし、何かを問い続ける人間にこそ、本は真価を発揮するように思われる。

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