メイドカフェ:日本の新しい文化
訪日外国人観光客は急速に増加している。特に、秋葉原は、日本を代表するサブカルチャーの聖地として、多くの観光客を惹きつけてきた。「メイドカフェ」は、その秋葉原を象徴する文化の一つだ。メイドカフェとは、メイドになりきった店員が、客を「主人」に見立てて、給仕などのサービスを行う喫茶空間である。
今回は、秋葉原発老舗メイドカフェ「あっとほぉーむカフェ」を運営するインフィニア株式会社を取材した。深沢孝樹さん、hitomiさん、ユルズルム ムラトさんにお話を伺った。
深沢孝樹さんは、2012年からインフィニア株式会社代表取締役を務めている。Hitomiさんは、「あっとほぉーむカフェ」の現役メイドかつ、インフィニア株式会社執行役員CBOとして活動している。さらに2017年からは秋葉原観光親善大使に就任し、レジェンドメイドとしてメイド文化の発信を行っている。ユルズルム ムラトさんは、2024年よりマーケティング部に所属し、グローバルな視点から、主に海外に「あっとほぉーむカフェ」を広める活動をしている。
「あっとほぉーむカフェ」の誕生
「あっとほぉーむカフェ」は2004年に誕生した。当時のメイドカフェは、狭い雑居ビル内に作られ、アニメやゲーム、コスプレが好きな「オタク」が集まる「閉ざされた」空間であった。「あっとほぉーむカフェ」立ち上げメンバーは、個性的でおもしろいメイドカフェを大衆化することを目指した。一号店を秋葉原のドン・キホーテ内に作り、女性や家族連れでも気軽に楽しめる「あっとほぉーむカフェ」が生まれた。
「あっとほぉーむカフェ」のメインの提供物は、「楽しい時間」だ
「あっとほぉーむカフェ」は、あらゆる客層に楽しんでもらうためのサービスを追求してきた。例えば、既存のメイドカフェにエンターテイメント性を加えた。現在、メイドと写真を撮るサービスは、メイドカフェでは主流になっている。以前は、お客さんがメイドと写真を撮ることは考えられないことであった。「自分はいい。メイドさんだけが写った写真で十分だ」と思う客が多かったからだ。「あっとほぉーむカフェ」は、そこを変えた。お客さんがメイドと撮影することをメインにした。一緒に撮影することで、ものとして写真が残るだけでなく、撮っている時間が思い出となる。
日本語を苦手とする外国人観光客に向けた取り組みも行っている。メニューに英語/中国語表記を加えた。さらにメイドには、全10回にわたる英会話レッスンの受講を義務付けている。これは多くのメイドが言語の壁から、外国人とのコミュニケーションを避ける傾向があったためである。「せっかく来てもらったのに申し訳ない。」英語力の向上以上に、外国人とのコミュニケーションへの恐怖心を払拭する目的でレッスンを始めた。他にも、基本的な英語の説明だけでなく、その国の観光地などを網羅しているハンドブックがあり、それを希望するメイドに渡している。完璧な接客でなくても、相手の国に興味を持ち、一生懸命コミュニケーションをとろうとする姿勢を重視している。
深沢さんは、「あっとほぉーむカフェ」が提供するものは、飲食物ではなく、「楽しい時間だ」と述べる。「今の時代、お金よりも時間の方が貴重だというぐらい、時間が大切。貴重な時間を預かっている以上、それを楽しい時間に変えないといけないという価値観でやっている。」
今の「あっとほぉーむカフェ」ができるまで
「あっとほぉーむカフェ」は、あらゆる客層のファンを獲得することに成功した。しかし、現在に至るまでの道のりは険しいものであった。当初のメイドカフェは、今よりもずっと色物扱いを受けていた。メディアは、メイドカフェを「メイド服のかわいい女の子がオタクの客を接待する場所」と紹介した。メイドとして長年活動するHitomiさんは、当時をこう振り返る。
「メイドとして立っている時に、冷やかす人やこそこそ笑っている人、わざとオタクの格好をしてきて、普段あっとほぉーむカフェを楽しんできている人をバカにする人がいた。」「私たちは、そのように捉えてほしくなかったし、イメージ向上に努めてきた。」
Hitomiさんにとって、「あっとほぉーむカフェ」とは「人の優しさや温もりを感じられる場所」だ。気遣いなどによってお客さんを喜ばせることができると同時に、人に必要とされている実感を得られる大切な場所である。その場所を守るため、実際に様々な取り組みが行われた。まず、メニューや値段をしっかりと明示した。メディアに出演した際には、既存のイメージから面白おかしく取り上げられることが多かったが、雰囲気を悪くしないように笑いに繋げながらも、自分たちが目指しているものを明確に伝えてきた。このような地道な努力が今の「あっとほぉーむカフェ」を築き上げている。
「メイドカフェ」は文化か?
メイドカフェは日本を代表する文化といえるのか、という問いには意見が分かれる。ムラトさんは、グローバルな視点から、メイドカフェには「日本らしさ」が表れていると述べた。「気遣いやサービス、そして同じことを長く続けたいと思う気持ちは、日本らしい。日本以外で、同じ気遣いができるサービスは誕生できなかったんじゃないかな」
深沢さんは、「文化といえるようになるまでには、まだまだやらなければならないという自覚が強い」としながらも、メイドには可能性があると語った。「メイドはキャラクターだけれども、生身の人間であるというなかなかいない存在だと思う。アニメのキャラクターみたいに、性格や特性が決まっているわけではなく、個々の意思によって変化もしていける、貴重な存在」
日本らしさと他には見られない固有の特徴を併せ持った「メイドカフェ」は、日本を代表する文化となる可能性を秘めている。
「あっとほぉーむカフェ」の今後
「あっとほぉーむカフェ」は現在、新しい時代に合わせて、様々な取り組みを行っている。例えば、ネット上でメイドカフェの楽しさを感じられるバーチャルメイドカフェがある。メイドの「エンターテイメント性」を広げるために、新郎新婦の依頼を受けて、メイドが結婚式でお給仕を行うサービスも行われている。
海外を含めて、新規の客を呼び込むことも継続して行いたいと考えている。それでも、昔からの常連の客は大切にする。「あっとほぉーむカフェ」は、家でも仕事場でもない第三の居場所だ。オタク的な話をしても浮かず、会社では出せない自分を出すこともできる。実際に、「あっとほぉーむカフェ」は、多くの客にとって、何度も訪れたいと思える場所になっている。会員カードのポイントは、カフェに訪れた回数で貯まる。累計ポイントによって7段階のランクがあり、2000回訪れるとブラック、5000回訪れるとスーパーブラックにカードの色が変わる。全国で、ブラックは300人、スーパーブラックは80人ほど存在する。この第三の居場所をより身近なものにするために「47都道府県に1個ずつあっとほぉーむカフェを作りたい」と深沢さんは今後の展望を語った。
現在、メイドカフェの認知は国内にとどまらず、海外へも広がっている。連日、多くの客が訪れ、賑わいを見せている。メイドという職業に憧れ、インフィニア株式会社には毎月200件ほどの応募が集まっているという。偏見や嫌悪を向けられていた昔から、イメージは大きく変化した。それは、メイド文化に誇りを持ち、「ご主人様/お嬢様」に素敵な体験を提供するために奮闘してきた人たちがいるからだ。そして、メイドカフェは、今後も進化を遂げていく。深沢さんは、「もっとメイドというものを深めていきたい。その楽しさや可能性はまだ追及していける」と語る。Hitomiさんは、「あっとほぉーむカフェは人生をかけてもいいと思える場所」と言い切った。メイドを文化にする夢へと、インフィニア株式会社は歩みを進めていく。
執筆者:野尻茉央, 川上蓮斗, 林威翰