東京レインボープライド(以下、TRPと略記)はプライドパレードをはじめとした日本最大級のLGBTQイベントである(LGBTQは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クイア・クエスチョニングの頭文字をとった言葉で、性的マイノリティの総称でもある)。日本のプライドパレードの歴史は、1994年に日本で初めて開催された「第1回レズビアン&ゲイパレード」から始まった。その後、数回の中止や主催団体が変わりながらもプライドパレードは開催され、2012年から現在まで「特定非営利活動法人 東京レインボープライド」が運営をおこなっている。「らしく、たのしく、ほこらしく」をモットーに日々活動し、1年に1回東京都渋谷区にある代々木公園で団体名を冠したプライドパレード&フェスティバルを開催し、全国から性的マイノリティが一堂に会する。初開催の1990年代と現在を比較すると、LGBTQに対する見方には大きな違いが生まれてきているのは明らかだ。我々は、世間の性的マイノリティに対する評価の変化をはじめとして、コロナ禍でのTRP開催、学生生活とLGBTQの関係などに関して、共同代表理事の杉山文野氏へ取材を行った。
TRPの魅力といえばその団結力にある。代々木公園に実際に集まって1年間のエネルギーを爆発させ、また生きる活力を互いに与え合うことで、日々を懸命に生きると語る者も少なくない。このイベントは、未だに窮屈さを感じながら生きる一部の性的マイノリティの人々にとって、なくてはならない存在となっているのだ。そんな中で発生したコロナ禍。TRPの特徴でもある、人々が一堂に会して分け合っていた活力は、オンライン開催においても保たれるのだろうか。我々の不安を杉山氏は一蹴した。詳細は後述するが、参加人数の制限を無くす、そして「バリアフリー」という目標も実現した。
オンラインを余儀なくされたTRPであったが、我々の心配をよそに新たな活路を見出していた。
TRPはそのキャスティングに関しても世間の注目を集めた。今回のキャステングに対する世間の意見として多く散見されたのは次の2点だ。それはすなわち、イベントに起用された著名人の中でLGBTQの当事者が少ないことと、起用された著名人のLGBTQに対する理解が不十分ではないかということである。
代表の杉山氏は、第一の意見について、今年度のTRPのテーマと関連させながら見解を明らかにした。「声をあげる。世界を変える。Our Voices, Our Rights.」それはLGBTQの当事者だけではなく、性別・人種・思想の垣根を超えた、すべての人々が社会の中で安心して暮らせる世の中になるよう、自らの声をあげることで自分たちの世界を変えていこうというメッセージを込められている。今まで、社会でLGBTQの尊厳が確立され守られるためには、当事者のみに焦点が当てられ、当事者の声のみが取り上げられることが通例とされてきた。しかし、本当にこれは当事者だけの問題なのだろうか?ここにこそ、LGBTQに関する認知度が増している一方で、それを未だ「じぶんごと」としてみなせず、当事者の尊厳が守られていない現状の所以があると杉山氏は指摘する。LGBT差別禁止法や同性婚などの法制化は進んでいない。「すべての国民が法の下に平等」とあるにもかかわらず、性的マイノリティであることで得られない権利があるということは、それは、ある属性によって排除される社会的構造になっているということ。これは当事者だけの問題としてではなく、社会で起こっているあらゆる不平等に対して「じぶんごと」として捉えてもらうために、今年度のテーマ・キャスティングはなされた。ゲストを決めていく際に大事にしたことは、当事者にはこだわらずLGBTQの課題に思いを持って関わり、今回のテーマをもとにTRPと一緒に発信していただける人たちだと杉山氏は語る。アライとして水原希子氏、夏木マリ氏、りゅうちぇる氏、テリー伊藤氏らがゲスト出演した。
第二に、とりわけ女優・モデルの水原希子氏のゲスト出演が少なからぬ批判が見受けられた。というのも、彼女は過去にレズビアンを題材としたドッキリ企画に出演していたからだ。そのような批判の声があったにもかかわらず、今回彼女を起用した背景にはどのような意図があるのだろうか?「彼女がLGBTQに関してポジティブな発信をしたり、昨年コロナの影響で急きょオンライン開催に切替えたりしたときも、出演オファーを快諾してくれたりと、アライとしてLGBTQを応援していることを私たちは知っていたので、純粋に一緒にイベントを盛り上げてほしいという思いでオファーをしました」と杉山氏。当日彼女が過去の自らの言動を反省し、飾らない言葉で語ったのは、本番直前の打ち合わせでのこと。故意でなく、知らないが故に相手を傷つける言動をとってしまうことはLGBTQに関してはまだまだ多いです。それで過去のことが無かったことになる訳ではありませんが、そのことに気づき、あの場で自分の言葉で話したいという彼女の思いを聞いたので、あの場が実現しました」。杉山氏は、LGBTQ当事者の中でも色々な価値観があるため、決して完璧な理解を求めている訳ではないと言う。まずはシンプルに「相手を知る」ということを一番大切にし、傷つけてしまったなら素直に謝り理解を深めていく、そんな機会をT R Pは提供したともいえる。そこにこそ、TRPが目指す、平等で包括的な社会のために一人ひとりが声を上げられる環境をつくりあげる姿勢が見られるのだ。
TRPのオンライン開催は、LGBTQおよびそのアライの活発的な交流を可能にした。新型コロナウィルスの影響を受けて、2020年以降はオンラインでの開催となっているTRP。昨年の開催ではおよそ44万人の参加者がオンラインのコンテンツを試聴した。今年の開催ではそれを遥かに上回る、およそ160万人が参加することとなった。例年にはなかったほどの大勢の参加者がTRPに参加したことの要因の一つには、オンライン開催ならではの「強み」があったと杉山氏は語る。コロナ禍以前の開催では、渋谷区代々木公園、そして渋谷から原宿を行進する「プライドパレード」というように、会場が東京の一部に集中し、遠方からの参加が困難とならざるを得なかった。開催場所という障壁が、今回のオンライン開催によって取り払われ、どこに住んでいるかに関係なく誰でも容易にTRPにアクセスできるようになった。たしかに、コロナ禍以前と同じような、人と人の直接的な交流から生じる活気・盛況は昨今の状況では生まれにくいかもしれない。しかし、そのような逆境の中でも、オンラインメディアが社会に与える影響の大きさを踏まえて、LGBTQへの理解や、アライとしてできることを社会に広く発信できたことには大きな意義がある。オンライン開催によって全国から大勢の参加者が集った今イベントは、LGBTQ当事者と、当事者を取り巻く社会の一員としての自覚を強く促す契機となったはずだ。同時に、平等で包括的な社会への大きな歩みとなったといえるだろう。
TRP共同代表理事を務める杉山文野氏は、トランスジェンダー男性として子どもを育てる性的マイノリティ当事者でもある。杉山氏は、日常生活で様々な良い変化を目にする一方で、日本の法整備の不十分さを強く問題視している。事実、LGBTQに関する法整備の観点で見るとOECD諸国35か国中34位の日本は、人権後進国ともいえる。特に取材中に強調されたのが「理解より人権が先」という言葉だ。これは、都道府県として初めてパートナーシップ宣誓制度を導入した茨城県の大井川知事の言葉でもあるそうだ。「すべての国民は、法の下に平等」と憲法で定められているにもかかわらず同性婚が未だ合法化されていない現在、「すべての国民」にLGBT当事者は含まれていない。同性婚は、婚姻に留まらず、基本的人権が問われる問題なのだ。現在(取材当時)、自民党は野党6党・会派が提出した「LGBT差別解消法案」ではなく、「LGBT理解増進法案」を成立させることで、「まずは国民の理解が必要」という姿勢を崩さない。杉山氏は、ルールを作ることで理解を生むのが政治の役割だと語気を強めた。
杉山氏は、反対派の政治家や人々に対して、全てを理解して受け入れてほしい訳ではないのだという。ただ、普段の生活で支障を来たしている人がいること、そして、その人たちが暮らしやすくなることに対して反対をしないでほしいということで、草の根的な活動を続けている。TRPではLGBTQに対する理解促進を目的のひとつとして活動しているが、皆何かしらのマイノリティであり、すべての人々が暮らしやすい世の中になるよう活動に繋げようとしている。杉山氏は、他人が幸せだからこそ自分も真に幸せになることができ、そのために機会の平等が必要なのだと語った。その強い信念が“声をあげる。「世界を変える。Our Voices, Our Rights.」という今年度のTRPのテーマに結び付いているのだ。
最後に、LGBTQに関する課題は、当事者だけの課題ではない。自身のアイデンティティの確立、そして葛藤の末にカミングアウトを考える当事者も増えてくる。カミングアウトされた側が注意しなければならないことは当然いくつかあるが、それらが明記された「説明書」のようなものは存在しない。いくら考えても正解がないという難しさはあるが、その中でも常に最適解を見つけようとする姿勢を失わないことは極めて重要な過程である。 まず注意すべきことは、カミングアウトされたことでLGBTQ含めその他のマイノリティに関する全てを知った気になってはいけないということである。これは、日本に一度旅行しただけで日本の全てを知った気になることと同じようなことで、当事者にとってはとても失礼なこととなり得る。理解するよりも先に、悩みを話してくれたことに耳を傾けあたたかく受け入れることがカミングアウトされた側に求められる姿勢だろう。何よりカミングアウトは相手のことを信頼していないとできない。その勇気にまずは感謝し、良き理解者となることで当事者の負担は軽くなるかもしれない。
執筆者 山下和奏 糸繰雄亮 マーロー瑳良